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ルフィ『人は死ぬぞ』から学ぶ国語力

ルフィ 人は死ぬぞ 勘違いされがち エース

※この記事はネタバレを含みます※

 

 

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓本文は下記から↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

 

ONEPIECEは叩かれがちな漫画だ。

実際に僕もかなり叩いてしまう。

ただ、信じてほしいのは愛ゆえの行動ということ。

愛が無いのに叩いている輩が大勢いるのは実に嘆かわしい。

反対に、ONEPIECEのことを碌に読んでいない奴は叩くんじゃない!と言いたい。

 

さて、今回テーマとして取り上げたいのは、ルフィというキャラを叩く時に使われがちなシーンについてである。

国語力が足りていないばっかりに的外れな叩き行為をしている人が大勢いるシーン。

それがこちらだ。

 

【間違った叩かれ方の例】

ビビに『人は死ぬぞ』とか言って達観してたくせに、いざ自分の兄貴が死んだらめっちゃくちゃに感情的になってるじゃん(笑)

 

 

・・・(^^;)

国語の問題だったら0点でしょうね(笑)

部分点さえも与えられないレベルの読み違え。

もし上記の勘違いをしている人がいたなら直ぐに止めましょう。

その叩き方は全く適切ではありません。

 

【どう間違っているのか??】

確かにちょっと分かりにくい、というか言葉が足りないかもしれませんね。

とはいえアラバスタのこのシーンはONEPIECE内でも屈指の名シーンですから、作者もテンポとかを考慮した結果で今の形になっているんだと思う。

なので蛇足とは分かっていますが・・・あえて言葉を足すならこう。

ルフィ『(この戦争で)人は死ぬぞ』

()の中を追加しています。

 

ルフィは『人はいずれ死ぬもんだ』ってことを言いたい訳では全くございません。

『小手先の方法で一時的に反乱軍を止めたとしても裏にバロックワークスがいる以上は戦争は避けられないし、このままじゃどうあっても人は死ぬぞ』って言いたいんですよ。

実際、バロックワークスはあの手この手で人々の感情を煽り戦争を加速させていた訳です。

誰も死なせないと願って動いているビビですが、そのやり方では絶対に戦争は止められないし、そうなるとより多くの人が戦争で命を失ってしまう。

だからバロックワークスを潰さなきゃ駄目だろうが!!

っていうルフィの𠮟咤激励のシーンなんですよね。

これは流石に一味の船長だ、と言わざるを得ない俯瞰力だ。

 

それにビビはどうしてもルフィたちとの間に線引きをしていたんですね。

自国の諍いに無関係なルフィ達を無責任に巻き込むわけにはいかない、という想いがあったのでしょう。

そんなビビに対してのセリフがこれ。

・・・めっちゃ泣ける。子供の時より今の方が深く刺さる。

現実でこんな風に言ってくれる仲間がいたら僕は絶対に泣く。

しかもビビにとっては八方塞がりの状態でこの言葉である。

 

だからね、この頃のルフィは凄くかっこいいんですよ。

『仲間だろうが』って理由で大国の戦争に参戦するんですから。

しかも相手は七武海っていう圧倒的に格上な存在。

普通に考えたら絶命必死の状況ですよ。普通できんって。

 

本題に戻ります。

そしてエース死亡後のシーンですが、上記を理解していただければもはや説明は不要でしょう。

そもそもルフィは『人は死ぬもんだろうが』なんて考えは持っていない訳で、大切な人が死んでしまったら取り乱すのは当たり前でしょう。

むしろルフィは仲間って理由だけで戦争に参戦するくらい他人を大切にする男なんですから、そりゃ死んでしまったらこれくらい泣いたって何の不思議もない。

つまり何の矛盾もしていないんですよ。

 

以上。

 

【まとめ】

という訳で、最後に僕から言いたいことですが・・・

『何かを叩くなら責任を持て』

と言いたい。

 

ONEPIECEを叩くな、と言いたい訳ではない。

きちんと対象を知った上で、かつ根拠があって叩かなきゃ駄目だ。

その根拠の部分に誤りがあることもあるでしょう。人間だもの。

その時は間違いを認めて軌道修正すれば良いのではないでしょうか。

叩く時には自論に対する反論も受け止める度量を持たなくてはいけない。

 

ファンが作品を叩くのと、そうでない人が叩くのでは全く意味が違うと思うんですよね。

ファンじゃないなら読まなきゃいいだけじゃん、って僕は思います。

でもファンだからこそ悔しいし、元の絶賛できる状態まで復活してほしい。

っていう想いがあって叩いているんですよ。

つまり叩き行為は応援なわけです。愛があれば。

まあ、これは自己中心的な考えなので理解はされないだろうが(^^;)