仕事の後輩の教育とは難しい物だ。
自分の手足であれば自由自在に動かせるものだが、後輩は自分の手足ではない。
何に悩んでいるのか理解するのも難しいし、自分と相手の目的を一致させるのも非常に難しい。
頭ごなしにアレしろコレしろと言うのは簡単だが、言った分だけ成長してくれるわけではない。
ちゃんと理解できたのか、どこが課題として残っているのか・・・
後輩の考えていることを後輩以上に考えなくてはならない(笑)
自分が指導をして上手く後輩が仕事を出来なかった時には、『自分の指導方法がマズかったのだろうか?』と不甲斐ない思いをしてしまう。
後輩を指導しながら自分自身の成長の必要性に気付かされる。
並び立つ者(スタンド)という関係性を築くべきなのかもしれない。
先輩と後輩の成長は一方的なものに留まらないのだろう。
人を見て法を説け
今の僕の信条である。
後輩を指導するために後輩のことを知らなくてはならない。
そして適切な指導を施さなくてはならない。
自分のやり方という型に嵌めてしまわないよう気を付ける。
後輩に会った適切な仕事法を身に着けられるように配慮する。
・・・しかし、僕は若干過保護になりがちな気がする(-_-;)
あんまり手厚くサポートすると自分で何とかする力が身に着かない。
ある程度の苦労を切り抜ける経験が成長に繋がると思う。
だとすると、良い上司とは適切な修羅場を与えられる人物のことなのかもしれない。
あと、僕は報連相をとにかく求めている。
ニュータイプ的な考え方をするな!
という指導もよくする。
ニュータイプのように超越的な察知能力を駆使して仕事をするのは不可能なのだ。
結局、人間同士、別の脳味噌同志、認識の共有を意識的に行わなくてはならない。
明日もオールドタイプで行こう!