僕の趣味が行き交う街

僕の趣味に関するエッセイです!

消費されていく感覚。逃れられない不自由さ。でも悲観しない。

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仕事。納期。責任感。残業。

上手く行っている時の仕事は楽しいものだが、大体はそうはいかない。

そして邪魔をされている時の仕事は息苦しく逃れられない。

 

ダラダラと人生を蝕まれて消耗していく自分。

それを眺めることしか出来ない。

分かってはいるけれども・・・なんて不自由なのだろうか。

 

人生における強さとは『自由さ』のことを指しているとさえ思う。

 

たまに妄想する。

宝くじが当たって金に余裕が出来れば仕事って楽しくてしょうがないだろうな、と。

 

『いつでも辞められるんで』

『何か怒られているけど金には困ってないんで』

 

そんなメンタリティで仕事に臨めれば楽勝も良い所だろう。

いくらでも失敗して良いし何なら早々にドロップアウトしても良い。

責任を放棄して成果を追い求めていさえすれば良いなんて天国だろう。

 

しかし、現実はそうはいかない。

 

仕事によって生活が支えられている。

仕事によって生かされている。

 

逃げ出したら生きていけなくなる。

したいことが出来なくなってしまう。

 

勝利して当たり前。

敗北する時は被害を最小限に留めなくてはならない。

責任を放棄せずに叱責を受け止めなくてはならない。

 

妄想から目覚めれば・・・地獄としか思えない現実が待っている。

自分の生き方をセレクトできない、弱さだけが確かにそこにある。

『こんなのは間違っている』とは感じていても、他の道を自由に選べるだけのゆとりが無い。

 

上手く行っている時が楽しいのは何でもそう。

簡単に上手く行かないから仕事は苦痛なのだ。

(稀に楽しい時もある。仕事の中にやりがいを見出すのがせめてもの抵抗。)

 

・・・とグチグチ弱音を吐いているだけでは何も変えられない。

文句を言うだけでは事態は何も好転しない。

不満があるのなら代わりの代案を出さなくてはいけない。

 

分かってはいる。

 

誰か代わりに苦痛を引き受けてくれないかなぁ、なんて考えながら『損をするなら相手ではなくて自分』とかいう訳の分からないマイルールで自ら身を焼かれる。

 

何だこの社畜ポエムは・・・。

責任感しか能が無いんじゃないのか、と自嘲したくもなる(笑)

 

しかし例えそうではあったとしても・・・

何とか今日も社会の中で生きていた。

そこを評価しても良いんじゃないか、と自画自賛してみる。

 

仮に明日社会の中で生きていけなくなったとしても、

今日までは何とか生きてきた実績がある。

 

僕の母親が口癖のように父親に言っていた言葉がある。

『仕事は老後の面倒は見てくれない』

 

目標をセンターに入れて、・・・仕事っ!

目標をセンターに入れて、・・・仕事っ!

目標をセンターに入れて、・・・仕事っ!

 

仕事仕事仕事って生きたとしても定年過ぎれば何にもならねーぞ、って意味だろう。

 

『仕事にしがみつかなきゃ老後まで辿り着けねーだろ』

って言わなかった父は強かったんだな、と思う。

 

働き方改革とか何とか声高に騒がれているけれども、『仕事がなくなったら生きていけないでしょうが!!』と個人的には思う。

 

多くの人間は会社に養われていると僕は考える。

組織から追い出されて一人になったら人間なんて路頭に迷う他ない。

 

にもかかわらず権利だけを主張するのは如何な物だろうか。

それによって一時的に得をすることはあったとしても、長期的な視点で見れば確実にマイナスだと思う。

 

組織あっての個人でしょうが。

だって組織によって生かされているのだから。

 

そりゃまあ度が過ぎれば良くないのは当然だとして、今は労働者が権利を主張しすぎていると思う。

働き方改革によって組織が弱体化して、社会も力を失っていき、ひいては国家は滅びるのではなかろうか??

 

・・・大分、論点がずれてしまった(^^;)

まあとにかく、目先の仕事を頑張る。少なくとも今はそれしかない。