僕の趣味が行き交う街

僕の趣味に関するエッセイです!

瞑想とは粗を削り落とし己を磨く行為と捉える

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瞑想をする意味を改めて考えてみる。

瞳を閉じて坐り、冷静に努めて自身の呼吸や心の在り方を眺める行為。

 

心身のリラックスとして最適なツールでもあり、自身を成長させてくれる行為であるとも考える。

・・・都合の良い妄想。

 

改めて考えると瞑想とは自分の能力にプラスをもたらしてくれる行為ではないように思えます。

むしろ自分を覆う錆のようなものをこそぎ落とすための行為。

 

プラスのために行う訳ではなく、マイナスを振り払い在るがままの自分を研ぎ澄ますための修行。

高めるための修行は筋トレや仕事に邁進することなのだろうか?

 

瞑想は素晴らしいトレーニングだと思いますが、それだけで完結させることは出来ないサプリ的な訓練だと思います。

ひたすらに瞑想に打ち込めば仙人になれるという幻想。

 

やはり中心となるのは様々な人生経験であり、それらを振り返り正の経験としてフィードバックさせるのが瞑想??

いや、色々と無駄な属性を乗せようとするのも僕の悪い癖です(-_-;)

 

瞑想とは、他の様々なトレーニングによってボロボロになった自分をメンテナンスするための行為だと考えよう。

瞑想する前とした後で物事の見え方が違うのは、つまりそういうこと。

 

荒んだ自分と澄んだ自分では物事の感じ方も当然に変わるという物だと思います。

 

何でこんなことをグダグダと書き連ねるかというと、自分が最近瞑想に対して過度な期待をしてしまっていたと思わされているからである。

瞑想に傾倒しすぎていた。のかもしれない。

 

実際、瞑想が有用なツールであることは間違いない。

だからと言って万能な行為であるという訳でもない。

 

そんな当たり前の事実に気づいたので自戒をしたためる。

いずれきっと忘れるけど、思い出した時には以前よりも深く理解しているはず。

 

修行ってそれの繰り返しな気がする。仕事も含めて。