僕の趣味が行き交う街

僕の趣味に関するエッセイです!

【短編小説】青いグローブと壁と僕の思い出

少年は青いグローブを大切にしていた。野球用のものだ。
中学生1年生の頃、夏休み前に両親から買ってもらったものだ。


少年は帰宅部だ。野球の試合をしたことが無い。
野球の練習だってしたことが無い。


でも、青いグローブは少年にとって、とても大切な物だった。


『行ってきます。』


少年は動きやすい格好をして青いグローブを抱えて家を出た。
それと野球用の軟式ボールを2つ持って。


目的地は近くの公園にあるデコボコした【壁】だ。
割と高さがある・・・少し珍しい壁だ。


到着してすぐに少年は軽くストレッチをする。
時間にして1分程度だ。


(さあ、始めるか・・・試合開始だ。)


準備は整った。たった一人のプレイボールだ。


『さあ、本日もエースピッチャーが登板です。迎え撃つは強力打線。ピッチャー振りかぶって、第1球・・・投げました!』


少年は壁の上部に向かってボールを投げる。
すぐさまボールが音を立てて跳ね返ってくる。
デコボコな壁ゆえにまっすぐは跳ね返ってこない。
・・・が、少年はしっかりとボールに追いつき青いグローブでキャッチする。


『・・・よし! これでワンナウトだ!』


跳ね返ったボールをノーバウンドでキャッチしたからアウト。


『第2球、投げました!』


ポコンと音を立ててボールが跳ね返ってくる。少し角度が厳しい。


『・・・っ』


今度は少年は追い付けず、ワンバウンド。
しかしツーバウンドを許さずにキャッチしてすぐさまボールを投げる。


そして跳ね返ってきたボールを少年は見事にキャッチする。


『オッケー、ナイススローイング。これでツーアウトだ。』


・・・見ての通り、少年は一人で野球の試合をしていた。

ちなみにさっきのスローイングで上手くキャッチできていなければヒットになる。


ピッチャーが投げたボールが壁に跳ね返った後、少年の背丈を超えてボールが飛んでいった場合はヒット。
距離によってはツーベース、スリーベース、ホームランになる。


ピッチャーが投げたボールが壁に跳ね返った後、ワンバウンドしてキャッチした後に壁に投げて、それがバウンドしてしまえばヒット。
ピッチャーが投げたボールが壁に跳ね返った後、ツーバウンドしたらヒット。


そんなルールで少年は一人で試合をしていた。
投手として壁にボールを投げて、その後は野手として守備をするのだ。


『スリーアウト! ぃよし、良い滑り出しだ!』


1回表が終わった。エースが三者凡退でしっかり押さえた。
すぐさま2回表が始まる。


『さあ、4番打者を迎えました。彼は打率3割を超える強打者です。』


強打者が相手の時、少年は強めにボールを投げる。
打力に応じて少年が強さを変えて投げ分けるのだ。


(・・・っ! 良い当たり!)


ボールは高く跳ね返った。しかし少年も高く飛んだ。
青いグローブはしっかりとボールを掴んでいた。


『ふぅ・・・。よし、4番打者を凌いだ。』


その後も少年は淡々と野球の試合を続けた。
試合の展開に応じて脳内実況を行い、要所要所で熱い展開を迎えて凌ぎ切る。
時にはサイドスローやアンダースローを交える。バウンドに変化が出て楽しい。


『ゲームセット! ・・・今日も完全試合は無理だったか。』


だいたい3失点で試合に負ける、それが少年のルールだった。
展開によって変わることもよくあるけれども。


第三者から見れば暗い趣味に見えるかもしれない。
しかし少年にとっては充実した趣味だった。


決して野球の代替ではない。誇らしくはないけれども、立派な趣味なのだ。
友達がいない訳ではないけれども、少年はこの野球ごっこが好きだった。


青いグローブと軟式のボール(なくすこともあるから予備も持っていく)。
少年にとって大切な道具だった。


(でもこれじゃ三振がとれないんだよな。今度はアレをやるか。)


そんな時は別の公園に行く。壁は使うけれども高さは必要ない。
壁と10mくらい距離を取れる場所が良い。


今度は壁を的として使うのだ。少年が振りかぶって思い切りストレートを投げる。
的の中に当たればストライク! 外せばボール!
跳ね返ってきたボールをキャッチできずに後方に転がしてしまうとヒット!


ルールは単純なのだが、このピッチャーごっこは中々難易度が高い。
わりかし炎上しがちだ。
そして球数が増えるので結構肉体的に疲労する。


(そろそろアンダースローにするか。・・・サブマリンだ!!)


肉体的疲労は実は盛り上げるためのスパイスだったりする。
テンションが上がってきて楽しくなるのだ。


野球漫画や野球ゲーム、野球観戦。少年は嫌いではなかった。
しかしどれもこの野球ごっこには及ばない。しかも遠く及ばないのだ。


折角の夏休みに、誰もいない静かな公園で、たった一人で何時間も没頭できる。
学校の授業中に『次はあのフォームを試してみようかな』と思いにふけったり。
野球漫画を読みながら『この展開でスクランブル登板して抑えたらかっこいいよな』と妄想してみたり。


決して野球の試合をするわけではないのに。今後もきっとそんな機会は無い。
それでも少年はこの野球ごっこが好きなのだった。
青いグローブと共に過ごした、少年の青春時代。


・・・ふと、仕事の昼休みに思い出した昔のこと。炎天下だからだろうか?
外回り中に休憩のために寄った公園の静かさがそうさせるのかもしれない。


青年は汚いボールが転がっているのを見つけた。おもむろに拾い上げてみる。
懐かしく思ったけれども、こんなに柔らかいゴムボールではなかったかもしれない。


ボールを元の場所に転がすと、汗が背中を伝う感覚がした。
この感覚は・・・とても懐かしい。


(今度の有給休暇。・・・久々に投げてみるか。)


大切にしまってある青いグローブをどこにしまったのか思い出しながら、青年は仕事に戻った。

 

~完~